デジタル時代に、ラジオ局はどのように新しいビジネスを生み出すのか。ラジオ業界のキーパーソンにインタビューをする本企画。第2回は、株式会社ニッポン放送でデジタルビジネス局長を務める浜原 晋介氏に、オトナル代表の八木 太亮が話を伺いました。
「ポッドキャストをきっかけにZ世代のリスナーが増えている」と話す浜原氏。ポッドキャスト配信だけでなく、オールナイトニッポンJAM(ANN JAM)やリングイイネなど、ニッポン放送は新たなサービスを次々と生み出しています。デジタル時代においてラジオ局が取り組むべきことについて話を聞きました。
ニッポン放送が掲げるデジタル戦略とは?
本記事では、株式会社ニッポン放送 デジタルビジネス局長 浜原 晋介氏に同社のデジタル戦略について伺っていきます。
企業様紹介
企業名:株式会社ニッポン放送
URL:https://www.jolf.co.jp/
AM/FMラジオ放送事業者。同社の人気ラジオ番組「オールナイトニッポン」は幅広い層に支持されている。放送事業やインターネット放送に加え、デジタルメディアコンテンツの企画・制作・販売やイベント事業も展開。
- ゲスト:株式会社ニッポン放送 デジタルビジネス局長 浜原 晋介氏
- 聞き手:株式会社オトナル 代表取締役 八木 太亮
この対談は下記から音声でもお聞きいただけます。
コンテンツ価値を高める手段=デジタル
ニッポン放送における浜原氏の役割
八木(オトナル):本日はよろしくお願いします。さっそくですが、ニッポン放送における浜原さんの業務内容や役割について教えていただいてもよろしいでしょうか。
浜原(ニッポン放送):私は1991年にニッポン放送に入社し、スポーツや営業、人事などを経て、デジタル関連業務の担当者になりました。現在はニッポン放送が持つコンテンツの価値をどのように最大化するかというミッションのもと、当社のデジタル戦略を考えています。
デジタル部門のはじまり
八木(オトナル):ニッポン放送は、インターネット黎明期からデジタル領域に取り組んでいますよね。いつからデジタル部門はスタートしたのでしょうか?
浜原(ニッポン放送):ニッポン放送にデジタル部門ができたのは、2000年に入る直前、いわゆるドットコムバブルのときですね。NTTドコモが「iモード」を始めたタイミングで、私たちも月額課金型のサービスを提供しました。私もほとんど同時期にデジタル部門に配属され、テキストの編集や画像の掲載など、初期のデジタルコンテンツ企画に携わりました。
八木(オトナル):当然、まだスマートフォンも発売されていない時期ですよね。
浜原(ニッポン放送):ガラケーでしたね。通話以外のサービスを携帯電話で楽しめるよう、各社が試行錯誤していた時代です。ラジオ局の武器である「音声」ではなく、番組出演者のコメントを文字情報で伝えるなど、「携帯電話でアフタートークが楽しめる」といった立ち位置でサービスを運営していました。
radikoの普及によって、デジタル推進が加速
radiko経由のリスナーが増えている
八木(オトナル):先日radikoから、「2023年ラジコで聴かれたラジオ番組TOP10」のプレスリリースが発表されました。ニッポン放送の番組が多数ランクインしていました。
radiko(ラジコ)とは?日本国内のAM、FMの地上波ラジオ局の番組をスマートフォンやPCから聴くことができるインターネットラジオアプリ。2024年4月1日時点で98社、100局のラジオ局のコンテンツを聴くことができる。
浜原(ニッポン放送):ありがとうございます。「ショウアップナイター」や「オールナイトニッポン」など、50年を超える長寿番組が支持されているのはとても嬉しいです。リスナーの入れ替わりがある中で、当社が積み重ねてきたものが結果に反映されたのだと思います。
八木(オトナル):インターネット経由で聴かれるラジオは、電波と異なる聴取体験なのかもしれません。インターネットサービスは「自分でコンテンツを選ぶ」点に特徴があり、radikoで聴取するリスナーは番組を「指名聴き」しているのではないでしょうか。ニッポン放送のコンテンツ力の高さを改めて証明するランキングだったと感じました。
浜原(ニッポン放送):radikoの魅力は、コンテンツをシームレスに届けられることです。電波の場合、地下鉄などクリアに聴くことができない環境もあります。特に、2023年に開催されたワールド・ベースボール・クラシックは象徴的でした。みんなでリアルタイムに楽しみたいコンテンツですから、「聴き逃したくない」という思いもあってradikoが利用されたように感じます。
デジタルを前提にした聴取スタイルが定着
八木(オトナル):ここ数年で、ニッポン放送は次々とデジタル領域の新サービスをリリースしています。どのような背景があったのでしょうか。
浜原(ニッポン放送):スマートフォンの普及率が急速に高まり、「ラジオの原体験がradiko」というリスナーが増えたことが大きいですね。ラジオ受信機を用いない形での聴取スタイルが定着したことで、デジタル推進がやりやすくなりました。
八木(オトナル):確かにiPhone1台あれば、ほとんどの音声コンテンツが網羅できます。そもそもニッポン放送では、以前からデジタル領域に積極的に取り組もうというカルチャーがあったのでしょうか?
浜原(ニッポン放送):デジタルに限らず、興味や関心を持ったことを大事にしようという環境はありますね。チャレンジしないことには、何もリスナーに届けることができません。未知のこと、新しいことに挑戦する社風は、昔から引き継がれてきたように思います。
オリジナルコンテンツで新しいリスナーを獲得
やってみないと分からないから、やってみる
八木(オトナル):ニッポン放送は、ポッドキャストのオリジナル番組への取り組みも早かったですよね。
浜原(ニッポン放送):ポッドキャストを始めた当初、ポッドキャストはあくまで地上波のラジオ番組の横展開という位置づけで配信していました。ただ、全ての地上波番組をポッドキャストとして配信できたわけではなかったんです。だったら自分たちでつくってみようということで、オリジナル番組の制作に着手したのがきっかけですね。
八木(オトナル):オトナルの社員に、「青山吉能と前田佳織里 金曜日のしじみ」の熱烈なファンがいます。リアルイベントも盛り上がったと聞きました。
浜原(ニッポン放送):今なお試行錯誤しているのですが、前提にあるのは「何が当たるかというのは、やってみないと分からない」ということです。時間とお金もかかりますし、やみくもに制作すればいいわけではないのですが、地上波番組に比べてポッドキャストはトライアルしやすいのが良いですね。
オリジナルコンテンツ「ビジネスウォーズ」で春風亭一之輔を起用
八木(オトナル):トライアルの具体的な事例があれば教えてください。
浜原(ニッポン放送):4年前になりますが、ちょうどコロナ禍のタイミングで、米国で人気のあったポッドキャストシリーズ「ビジネスウォーズ」のローカライズを手掛けました。配信元のワンダリー社とライセンス契約し、シリーズ配信開始1年で累計100万ダウンロードを突破することができました。
八木(オトナル):案内役を務めている落語家の春風亭一之輔さんが素晴らしかったですね。キャスティングも含めて、攻めた企画だと感じました。
浜原(ニッポン放送):もともと一之輔さんは、「チケットが取れない落語家」でキャスティングするのが難しい方でした。ちょうどコロナ禍で劇場に出演できない時期で、「このタイミングなら出演できる」ということで起用できたんです。ビジネスでの緊迫した場面など、一之輔さんの語りはものすごい迫力ですよね。
大事なのは、「攻め」と「守り」のバランス
「オールナイトニッポンJAM」で掴んだ、新しい価値提供の可能性
八木(オトナル):ニッポン放送を代表する番組「オールナイトニッポン」のサブスクリプションサービスも大きな話題を集めました。
浜原(ニッポン放送):月額500円で聴き放題の「オールナイトニッポンJAM」は、番組放送開始から55周年の目玉企画としてリリースしました。サービス開始時は、オードリーや乃木坂46など現在放送中の人気番組に加え、くりぃむしちゅーや宮藤官九郎、四千頭身など過去の人気番組を合計30タイトル配信しました。
2024年4月からは、「オールナイトニッポンX」の同時生配信の機能を追加しました。これが大変好評で、新しいリスナーもかなり獲得できています。
八木(オトナル):「オールナイトニッポンX」は、これまでのリスナー層とかなり異なりますよね。VTuberのChroNoiRが出演したときは驚きました。
浜原(ニッポン放送):全然違いますね。でも面白いのは、若いリスナーが「くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン」を聴くなど、昔の番組も聴き始めていることです。今ではなかなか話題に取り上げられないことも、良い意味でラジオで聴くことができます。今後もどんな価値提供ができるか考えていきたいですね。
AIは、コンテンツの生かすための手段
八木(オトナル):もうひとつ、私が個人的に驚いたのは多言語AI変換ツール「リングイイネ!」です。人工知能を活用し、話者の言語や声の特徴を活かしながら、他の言語に翻訳、音声変換させることができます。
浜原(ニッポン放送):オリジナルのポッドキャスト番組や「オールナイトニッポンJAM」のように、コンテンツの形が変わっていくと、マネタイズの方法も変化していきます。BtoCのようにリスナーからお金をいただくケースもあれば、BtoBとして企業から収益を得るケースも出てくるでしょう。
「リングイイネ!」は、現在は実用化に向けて実証実験をしたり開発を進めたりしている段階です。ただ今でも、ちょっと聴いただけでは、本人が喋っているのか、音声変換されているのか分からないほど高いレベルのアウトプットになっています。
八木(オトナル):私も先ほど浜原さんの音声を聴きましたが、見事に騙されてしまいました。
浜原(ニッポン放送):運用の仕方はちゃんと設計しなければならないと思っています。クオリティが高いのは良いことですが、使い方を間違えると大変なことになりますから。
「リングイイネ!」と同様のサービスは、OpenAIをはじめ各社が開発を進めている段階だと思います。当社がユニークなのは、コンテンツに近い事業者であることです。音声変換されたものも、ある程度ハンドリングできる立場にあります。テクノロジーを提供することが目的でなく、あくまで考えるべきはコンテンツ価値の最大化です。その手段のひとつとして、「リングイイネ!」で何ができるか考えていきたいと思います。
ニッポン放送のデジタル領域における展望
未来を見据え、音声コンテンツのタッチポイントをつくっていく
八木(オトナル):デジタル領域の施策を考えるにあたって、大切にしていることは何ですか?
浜原(ニッポン放送):繰り返しになりますが、当社が持つコンテンツの価値を最大化するために、「デジタルで何ができるか」を今後も考えていきたいと思います。
当社の強みは言うまでもなく「音声コンテンツ」です。音声を中核に据えて、デジタルでマーケティングソリューションを実現するような展開を目指したいですね。
八木(オトナル):それらを体現しているのが、オールナイトニッポンJAMやポッドキャスト展開、またリングイイネなどの施策なんですね。
浜原(ニッポン放送):はい。BtoB、BtoCなど形は問いません。もしかしたらBtoBtoCという形になるかもしれません。
また、オトナルさんにも協力いただいたJAPAN PODCAST AWARDSのような場づくりも重要だと考えています。音声コンテンツというのは、ラジオ局だけのものではありません。クリエイターの皆さんがフィーチャーされるような支援もしていきたいと考えています。
JAPAN PODCAST AWARDS(ジャパンポッドキャストアワード)とは
JAPAN PODCAST AWARDS(ジャパンポッドキャストアワード)は、毎年ニッポン放送が主催する日本におけるポッドキャストの優れた作品やクリエイターを表彰するイベント。2024年で5年目となる。オトナル八木は本イベント第5回の審査員のひとりを務めた。
八木(オトナル):ニッポン放送、クリエイター、リスナー、それぞれの世界が混じっていくような気がしますね。
浜原(ニッポン放送):若い世代にとって、ラジオとポッドキャストの境界線はなく、ポッドキャストをきっかけにラジオを聴くという流れが顕著に見られました。今後もデジタルを活用して、音声コンテンツの新しいタッチポイントをつくっていきたいですね。
取材を振り返って
2024年に開局70周年を迎えたニッポン放送は、放送事業を軸に、デジタル戦略やイベント企画など積極的に新しい取り組みを行っています。
時代を経て、リスナーが入れ替わる中でも高い支持を受け続けているのは、ニッポン放送が常に将来を見据えてチャレンジしているからということが分かりました。
一方でデジタル社会においては、ディープフェイクなど、インターネットの普及に伴う負の影響も取り沙汰されています。ビジネスソリューション局長として、「攻め」と「守り」のバランスを保とうとする浜原氏のスタンスも印象的でした。
ラジオを軸に、コンテンツの価値最大化を目指すニッポン放送。クリエイターとリスナーを巻き込んだタッチポイントをいかに生み出していくのか、今後も期待したいと思います。
ニッポン放送のデジタル領域展開の幅がすごい。